2021年2月8日月曜日

量子グラフ理論

 
ハヤカワ文庫SF

シルトの梯子
グレッグ・イーガン
[訳]  山岸 真



2017年12月25日発行
株式会社早川書房


    アメリカとイギリスで2002年に刊行されたGreg Egan の“Schild’s Ladder” の全訳。のっけから「サルンペト則」だとか「量子グラフ理論」だとか訳の分からない単語が出て来てイーガン節が炸裂しているが、意味不明な言葉をスルーしてそのまま読み進めていくとだんだん面白くなってくる。(結局最後まで読んでも意味は判明しないのだが)

   物語の舞台はだいたい2万年後の宇宙。すでに人類は進化の過程で本来の肉体を失っていて、人工的な肉体を入手するか、仮想空間で生きるかを選択する事が出来る時代。量子グラフ理論の研究者であるキャスの実験が予想外の結果を招き、新たな宇宙を生み出してしまう。「ファーサイド」と呼ばれるその観測不能の宇宙は人類の住む宇宙「ニアサイド」を光の50%の速度で侵食していく。その605年後、境界面のすぐ近くでファーサイド内部を観測する為に、観測船「リンドラー」に乗り込んだチカヤは目的の異なるふたつの派閥の抗争に巻き込まれる。

    この物語の世界の登場人物達は滅多に死ぬ事がない。人工的な肉体は再生が可能だし、記憶をコピーして保存しておけるので、主人公のチカヤも4009歳という高齢である。他の恒星系に旅行する時は記憶と肉体のデータだけを送信して、肉体は現地で培養なり改造なりされたものを使う。そういった記憶こそがアイデンティティだという考え方についてはチカヤ本人も9歳の頃に疑いを抱き、父親に悩みを打ち明けている。その時父親が教えてくれたのがタイトルの「シルトの梯子」なのだが、それについては本文を読んで初めて知った。

     後半、物語は意外な方向に展開していくのだが、最後がちょっと尻切れトンボで、あとは読者の想像にお任せします的な結末だった。膨張していたファーサイドがその後どうなったのか分からないが、この話の後で書かれた「白熱光」では普通に銀河系が存在してるので、このふたつの物語が同じ世界の話ならば、境界面の侵攻は止まったという事なのかも知れない。



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